※本記事は、日本人のルーツを歴史・DNA・心理学から考えるシリーズの一部です。
👉 シリーズ全体はこちら|日本人の和の心はどこから来たのか
はじめに
前回の記事: 『渡来人とは何者か』感想|日本人はどこから来たのか、「和」のルーツを考える
で、渡来人の歴史的な流れを追いながら、ふたつの謎が残りました。
「なぜ古墳時代に渡来人が爆発的に増えたのか」
「数で上回った渡来人が、なぜ縄文の言語・文化を受け継いだのか」
今回はDNAという別の角度から、同じ問いに向き合ってみます。
手に取ったきっかけ
日本人のDNA的なルーツについて、最新の研究結果を知りたいつと思っていました。そこで手に取ったのが、国立科学博物館の分子人類学者・篠田謙一さんの『新版 日本人になった祖先たち』です。
篠田さんはミトコンドリアDNA研究の第一人者。遺伝子という動かしがたい証拠から、人類の足跡を読み解いてきた研究者です。
読んでみたら、人類の旅の記録だった
タイトルは「日本人の起源」ですが、読み始めると、まずアフリカから始まる人類全体の壮大な旅が描かれています。
そこで気づいたのは、「私のルーツ」を一本道でさかのぼることはできないということ。数百年前、今の私を作ることになる遺伝子は、東アジアの広い地域に散らばっていた。さらにさかのぼれば、関わる祖先の数は膨大になり、個人のルーツは集団全体の起源へとつながっていく。
そして本書が示すのは、驚くほどシンプルな事実です。人類全体の遺伝子の違いは、ほんのわずか。東アジアの人々の間では、さらにわずかしか違わない。DNAという視点から見ると、私たちは思っているよりずっと、同じ存在なのかもしれません。
日本人のDNA——データが示すこと
本書が一貫して強調するのは、現代日本人のゲノムの大部分が大陸由来であるという事実です。
縄文人こそ日本人の先祖——そんなイメージを持って読むと、少し意外に感じるかもしれません。私自身もそうでした。
本書のデータを整理すると——
体に刻まれた遺伝情報全体(ゲノム)では、縄文系は約10%。著者自身も「少し低い値のように思える」と書いているほどです。
ミトコンドリアDNA(母から子へ受け継がれる)では縄文系が約20%。
Y染色体(父から息子へ受け継がれる)では縄文系が約30%以上。
「日本人は縄文人の子孫」というより「大陸から渡ってきた人々の子孫が大部分を占める」というのが、本書の立場です。
ただ読み進めながら、ひとつ気になることがありました。Y染色体だけ見ると、縄文系が30%以上残っている。ゲノム全体やミトコンドリアとは、明らかに数字がズレているのです。
このズレが何を意味するのか——後編で詳しく書きたいと思います。
ひとつ目の謎が解けた
前作で残った謎のひとつ——「なぜ古墳時代に渡来人が爆発的に増えたのか」。
本書を読んで、これがすっきり解けました。
農耕を持つ集団は、狩猟採集民よりも人口増加率が高い。これは世界共通の傾向です。さらに近年の研究で、弥生時代の開始が従来より約500年さかのぼることがわかりました。最初の渡来者が少数であっても、数百年をかけてじわじわと人口が増え、やがて在来の縄文人を数の上で上回っていった——そのプロセスが、DNAのデータと一致するのです。
命がけで海を渡ってきた少数の人々が、数百年後には列島の人口構成を塗り替えていた。弥生時代から1000年以上をかけて、日本人は少しずつ形作られてきた——そう思うと、歴史のスケールの大きさに静かな感慨がわいてきます。
でも、新たな謎が生まれた
ひとつ謎が解けた一方で、データを読み進めるうちに新たな疑問が浮かんできました。
ゲノム全体では縄文系約10%。ミトコンドリアでも縄文系は約20%。なのに、Y染色体だけ縄文系が約30%以上——。
このズレは何を意味しているのでしょうか。後編では、このデータのズレが示す可能性と、本書を読んで感じたことについて、正直に書いてみたいと思います。
参考文献
- 篠田謙一『新版 日本人になった祖先たち―DNAが解明する多元的構造』(NHK出版、2019年)
※本記事は、私というフィルターを通して書いた読書感想です。歴史・科学的解釈には諸説あります。