『ADHDの正体』を読んで・番外編|”子育て”を、社会全体で考える

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ずっとモヤモヤしていたことが、少し言葉になった

前編・後編と、岡田先生の本を読んで感じたことを書いてきました。

最後にどうしても書きたいことがあります。

子育て支援のあり方について、私はずっとうまく言葉にできないモヤモヤを抱えていました。岡田先生の本を読んで、そのモヤモヤが少し言語化できた気がしました。

知識が、届いていない

後編で書いたように、乳児期の長時間保育が無秩序型愛着のリスクを上げるというデータがあります。愛着形成が子どもの発達に深く関わっているということも。

でも、こういう知識を親が知れる機会が、どれだけあるでしょうか。

保育園の申し込み方法や保育料の情報は届く。でも「預けた後の親子の時間をどう大切にするか」「愛着形成のために家でできることは何か」という情報は、ほとんど届かない。あったとしても、「テレビや動画の時間を減らして、ふれあいの時間を作りましょう」「絵本を読みましょう」と、すでに疲弊している親にさらに負担をかけるものが多いです。

フルタイムで働いて、家事をして、子どもとのふれあいの時間を増やして。でもその分、母親の睡眠がどんどん削られていきます。

保健師や養護教諭の資格を取る時に、子どもの発達については学んでいましたが、教科書的な知識と実際の育児の違いに戸惑うことばかりでした。多くの人が断片的な情報やSNSの中で悩むのは当然だと思います。

本来は「子どもの発達とは、愛着形成とは何か。その知識を得てから、その上でどうするか夫婦で話し合う」という順番であってほしいなと感じます。仕事を続けたい人、家庭中心にしたい人、父親が主体で育児したい人、事情は家庭ごとに違います。昔のように母親がみるべきという話ではなく、知識として届いた上で、柔軟に選べる社会であってほしいのです。

社会構造が、選択肢を狭めている

「望む形で働けばいい」と言葉では言えても、現実はそう簡単ではありません。

社会保険の扶養縮小、物価高、税負担や社会保険料の増加。一人の収入だけでは生活が成り立ちにくい状況が、じわじわと広がっています。育児休業給付などの支援も、育休を取れる人が前提の設計になっていて、一定の条件を満たした雇用形態が前提の設計になっています。
短時間勤務のパートだった方、出産を機に退職した方、専業主婦の家庭には届きにくい。私自身も不妊治療をしながら短時間で働いていたため、産休・育休の条件に当てはまりませんでした

また、結婚を機に夫の地元へ引っ越してくるケースも少なくありません。地縁のない土地で育児が始まると、保活の情報も入りにくく、専業主婦だと保育園の優先順位も低くなりやすい。制度があっても、使えない人がいる。孤立しやすい立場の人ほど、支援が届きにくい構造になっています。

その結果、育児や家事を中心にしながら短時間(扶養内)で働くのではなく、フルタイムに近い形で共働きせざるを得ない家庭が増えています。

望んだ形での共働きならいい。でも「生活のために仕方なく」という、無理をした共働きも増えていないか。そこが気になっています。

マルチタスクの限界

育児・家事・仕事を同時にこなすことは、本当に過酷なマルチタスクです。

それでも、その中で子どもとの愛着形成までしっかり届けられる夫婦もいます。でも、それが難しい家族だって沢山いる。体力も、時間も、精神的な余裕も、人によって全然違うから。

「頑張ればできる」という話ではなく、「できる条件が整っていない家族をどう支えるか」という話だと思っています。

後編でも書いたように、極限まで疲弊した状態ではオキシトシンの働きも低下しやすい。社会が「預けて働く」を後押しするなら、帰ってきた後の親子の愛着形成をどう支えるか、セットで考えてほしいと思います。

伴走してくれる人が、いない

後編で「親が自分の傷と向き合うには、伴走してくれる誰かが必要」と書きました。

でも現実には、その伴走者がほぼいません。

「困ったら相談に来てください」という受け身の支援はあっても、一番しんどい人ほど相談に行く余裕がない。自分がしんどいことにすら気づけていないことさえある。

実際に相談したことがありますが、相談窓口は沢山あっても、次の機関につなぐ橋渡しがなく、たらい回し感がありました。ママ友さんからも「保健師さんは話を聞いてくれても、毎回『様子を見ましょう』と言われるだけで、結局何も解決しない」という声を聞くこともあります。

発達相談は順番待ちで、やっと順番がきた頃には、悩んでいたことが成長とともにいつの間にか解決されていた、という経験も私だけではないようです。

相談できる場所があることと、必要なときに必要な支援につながれることは、全然別の話なのだと思います。

私は介護保険のケアマネージャーのような仕組みが、母子保健にもあったらと思っています。サービスありきではなく、その家族の背景を見ながら一緒に考えてくれる人。必要であれば相談先や医療機関への橋渡しをしてくれる人。こちらから関わって、その家族全体を継続的に見てくれる人。

そういう伴走者が子育て家庭にいたら、親の孤立も、愛着の問題も、もっと早く気づけるのではないかと思います。

未来の子どもたちへ

子どもの愛着形成や発達への影響は、安心感・自己肯定感・ストレス耐性・人間関係・メンタルヘルスとして、10年後・20年後にじわじわと現れるものです。すぐに数字に出ないから、政策の中で後回しになりやすい。

私自身の特性が、生まれつきなのか、環境によるものなのか、それとも両方なのか、正直わかりません。でも子どもの頃からずっと生きづらさは感じていました。

今は、生きづらさには背景と意味があると思っています。そしてその生きづらさを、未来の子どもたちにできるだけ背負わせたくない。

そのために必要なのは、個人の努力ではなく、社会全体で人間の発達を支える仕組みだと思います。

岡田先生の本が、政策を動かす人たちの手に届くことを、願っています。

※本記事は、書籍・一般的な知見・個人の体験をもとに、「子育て支援と愛着形成について感じたこと」をまとめたものです。発達や医療に関する判断は、個々の状況によって異なるため、必要に応じて専門機関へご相談ください。

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この記事を書いた人

ブログ「心音」の管理人、こはくです。看護師・保健師・養護教諭の資格を持ち、介護・対人支援の現場に10年以上携わってきました。自身もADHD傾向による生きづらさを感じてきた当事者です。
また、家族を見送る経験を通じて深く悲しみと向き合い、グリーフ専門士の資格を取得しました。
現場で出会ってきた方々の姿と、脳科学・心理学の学びを重ね合わせながら、自分とやさしく向き合うためのヒントを綴っています。

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