はじめに
この記事は、本などを読みながら私なりに考えた内容です。
心理学や脳科学の専門家ではありませんが、学びながら感じたことを整理しています。温かい気持ちで読んでいただけたら嬉しいです。
日本人の「共同体感覚」はどこから来たのか
ここまでアドラーの「共同体感覚」についてお話ししてきました。実はこの感覚、日本人にとってはどこか「腑に落ちやすい」ものではないでしょうか。
もしかすると、それは文化や歴史の中で育まれてきたものなのかもしれません。
日本人の起源についての研究では、古い遺伝子が現代まで残っているという指摘もあります。
この話は『DNAでたどる日本人10万年の旅』などで紹介されています。※
専門的な研究のため、ここでの解釈には誤りがある可能性があります。温かい目で読んでいただけたらうれしいです。
日本列島は「遺伝子のタイムカプセル」
Y染色体(父方の祖先)から日本人のルーツを調べる研究では、
古い系統の遺伝子が日本列島に残っていると言われています。
大陸では消えてしまった系統が、日本では残った。
それは
「征服して消す」のではなく
「受け入れて混ざり合う」
という歴史があったからかもしれません。
「和」は生存戦略だった
日本は
地震
台風
津波
火山
など、災害がとても多い土地です。
そんな環境では
隣人と争うより
助け合った方が生き残りやすい。
協力は理想論ではなく、
合理的な生存戦略だったのかもしれません。
「村八分」に残る最後の余白
昔から「村八分」という言葉があります。
これは
八割は絶交するけれど
火事と葬式だけは助ける
という意味だと、祖父母から聞きました。
つまり
罰は与えるけれど
完全には切り捨てない。
どんなに関係が悪くても
有事のときは助け合う。
それもまた、災害大国日本で生きるための
知恵だったのかもしれません。
おわりに|これからの「和」のかたち
アドラーのいう共同体感覚は
他者に貢献すること
自分が社会の一部であると感じること
です。
もしかすると日本人は、
それに近い感覚(共同体感覚の土台)を
昔から持っていたのかもしれません。
これからの時代は
「自分を消して和に合わせる」
ではなく
「自分を活かしながら和の中にいる」
そんな形に変わっていくのかもしれません。
和(共同体感覚)という根っこに
自分という花(個性)を咲かせる。
そんな私、
そんな社会になるといいですね。
読んでくださり、ありがとうございます😊
明日も皆さまにとって、幸せな1日でありますように♡
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