アドラー心理学「課題の分離」と脳の省エネ
アドラーについて、深掘りをしたいと思います😊
今日は「課題分離」について語りたいです。
⚠私が調べたものをまとめたものなので、心理学、脳科学的に間違っている可能性があります。
アドラーの「課題の分離」とは?
アドラーは、人の悩みの多くは人間関係から生まれると考えました。
そこで大切になるのが、「それは誰の課題か?」を見分けることです。
私の言動 → 私の課題
相手がどう受け取るか → 相手の課題
この線引きを、課題の分離と呼びます。
たとえば仕事の場において、私の課題は自分の仕事に集中することです。
上司や同僚が不機嫌でも、感情は相手のものなので上司の課題です。
課題の分離が必要な理由
私たちは、他者の課題に介入しすぎる(または介入される)ことで、対人関係のトラブルやストレスを抱えます。
踏み込みすぎ:「あなたのために言ってるのよ」というお節介。
相手の自立を奪います。
踏み込まれすぎ:「嫌われたらどうしよう」という不安。
自分の人生を他人に預けている状態です。
課題の分離と脳科学
私たちが他人の目線を気にしたり、誰かを変えようとしてイライラしたりする時、脳内ではこんなことが起きています。
扁桃体(脳の警報器)が、「嫌われたかも!」「思い通りにいかない!」と不安や怒りのアラートを鳴らします。
前頭前野(司令塔)が十分に働かないと、感情に流されて、脳のエネルギーを使い果たしてしまいます。
他人の感情や評価まで背負うと、脳は「危険だ」と誤認し、不安、罪悪感、ぐるぐる思考を生みます。
課題を分けると、前頭前野がブレーキをかけ、扁桃体の過活動が落ち着きます🧠
「これは私の課題ではない」と切り分ける瞬間、脳の司令塔である前頭前野が主導権を握ります。
客観的に状況を把握し(メタ認知)、扁桃体の暴走を鎮めます。
「変えられない他者」に固執して無駄なストレスホルモンを出すのをやめ、自分の目標に、ドーパミンを回せるようになります。
ADHD(不注意優勢型傾向)の私に、より有効な理由は?
私の脳は、薄いグレーなADHD傾向があると感じていると何度もお話しています。
コメント欄やメッセージで、「私も不注意優勢型傾向にあります」と教えてくださる方がいらっしゃいました。
ADHD不注意優勢型グレーゾーン(日常生活は送れていて、診断がつかない)は、かなり沢山いらっしゃいます。
本人に自覚なくカモフラージュ(マスキング)をしているので、気づかれにくいです。
特にこの特性がある方は、専門医でも診断が難しいと言われています。
ADHD傾向のある方は前頭前野(脳の司令塔)が不安定で、脳のワーキングメモリがいっぱいになりやすいという特性があります。
「これは私の課題ではない」と線引きすることで、前頭前野が扱う情報量を減らし、脳のワーキングメモリのスペースを空けることができます。
課題の分離は難しい
とはいえ、思考の癖は自動反応です。
「私が悪かった?」「嫌われたかも」それは、脳の防衛反応です。
簡単には、「これは相手の課題だから考えなくていい」と割り切れることはできません。
私はアドラー心理学と出会ってかなりの年数が経ちますが、全然できてません💦
まずは“気づくこと”から
ではどうしたらいいのか?
今「他人が私をどう思っているか気にして不安になっているな」と、自分の気持ちに気づくことが大切のようです。
「不安だよね。」と受け止めながら「不安を教えてくれてありがとう。
でも、これは相手の課題、相手の気持ちはコントロールできないんだよ」とセルフトークし、グラウンディング(深呼吸・足踏みなどで体に戻る)を行う。
これだけでも、脳は少し落ち着きます。
過去記事「グルグル思考に、ひとすじの光を。私のグラウンディング実践記」を良かったらお読みください。
最初はできなくても、続けることで、脳は変わる
本当に本当に難しいことですが、気づくことを繰り返すことが、大切のようです。
ADHD傾向の人は、過去の失敗体験から「自分はダメだ」という色メガネ(神経回路)が強固になっていることが多いです。
しかし、「失敗した後にどう思うか(または他人がどう思うか)」は他者の課題として切り離し、「次に何をするか」という自分の課題にだけ集中するように練習すると、
脳内に新しい回路(神経可塑性)が作られていきます。初めは細い道(脳の回路)でも、繰り返すことで太くなっていきます。
(脳の神経可塑性というようです)
他者への配慮と、課題分離は別
⑧相手の反応を、相手の課題だからと割り切ることは冷たすぎると感じるかもしれません。
でも、相手への配慮、言葉の選び方と、相手の課題と割り切ることは別問題です。
相手に依頼するときは
「忙しいところ悪いけど…」
「すみませんが」
などの言葉を足したり、
ミスなどをしてしまった時、誠心誠意謝罪するなどは、自分の課題です。
精一杯の対応を自分がした結果、それをどう相手が受け止めるかは、相手の課題です。
また、相手の課題を私が解決してあげることはできないのですが、
困っている相手に対して、「何か私にできることがあったら言ってね」と気遣うことは、相手の課題を踏み込みすぎることとはまた違います。
つまり、
相手が困っているときに手を差し伸べたり、
気持ちを整理するのを手伝ったり、
相手が望む範囲で自分にできる支援をすることは、
相手の課題を“肩代わりする”ことではありません。
それは、相手の力を信じて横に並ぶ、優しさです。
補足:課題分離が難しい場面
しかしながら、子育て、または認知症などで判断力が低下した家族の場合、課題の分離はとても難しくなります。
子育て中の1人の母親として、介護や高齢者福祉に携わる一人として、本当に難しいなと常に思っています。
アドラーは他者との関係は、相互理解(尊敬と共感)と勇気づけ、そして子育ての場合は自立支援だと伝えています。
特に子育てにおいて、アドラーは「親の役割は、子供が自分自身の力で人生の課題に立ち向かえるようにすること(自立)」だと断言しています。
親が子供の課題を肩代わりしてしまうと、
子供の脳は「自分で問題を解決する回路」を発達させる機会を失ってしまうからです。
子どもの発達に応じた課題分け
子どもの発達に応じた課題分け、勇気づけや、認知症やその他の疾患により理解力、判断能力が落ちている方への「保護的な介入」(アドラー心理学の先駆者 野田俊作先生の言葉をお借りしています)については、私もまだまだ勉強と経験不足です…
悩むこといっぱいです💦
おわりに
アドラー心理学で、全ての悩みを解決するわけではありません。
個人的な見解ですが、フロイト的、ユング的な視点も必要だと感じています。
過去記事 アドラーの目的論 「過去ではなく未来の目的を見る」を良かったらお読みいただけると嬉しいです。
そして、このアドラー心理学シリーズまだ続きます… 🌱
今日も読んでくださりありがとうございました😊
明日も皆さまにとって、素晴らしい1日になりますように😄
このシリーズの全記事はこちら→アドラー心理学シリーズ