はじめに
こんにちは。
前回は、ADHDグレーゾーンについて書きました。
今回は、私自身の過去を振り返りながら、「カモフラージュ(マスキング)」という視点でADHD傾向を紐解いていきたいと思います。
ADHD傾向と「カモフラージュ」
ADHD傾向のある人の生きづらさは、脳の「前頭前野」の働きのバランスの偏りと関連があると言われています。
無意識のうちに、その特性を周囲に合わせて隠そうとしてしまうことがあります。
これを「カモフラージュ(マスキング)」と呼びます。
「普通」に振る舞おうと、自分を演じ続けること。
それは想像以上に脳に負担をかける行為のようで、私は一人より疲れやすいです。
幼少期 ― ずっと「ちょっと抜けている子」
私は昔から、おっちょこちょいで整理整頓が苦手な子でした。
空想が好きで、将来は漫画家か小説家になりたいと思っていました。
当時は「発達障害」という言葉も一般的ではなく、多動や衝動性がなかった私は、「ちょっと抜けている子」という印象だったと思います。
学校では強く叱られた記憶はありません。
けれど、同居の祖母と母、特に祖母には片付けや忘れ物を繰り返し叱られました。
(祖母には整理整頓は女の基本だと叱られました)
なので、自己肯定感は幼い頃から低かったです
中学生の頃 ― いじめと自己否定
中学生になると、周囲は芸能界や流行の話題で盛り上がっていました。
私は漫画やアニメが好きで、興味はありませんでした。
興味のあるものには集中できる。
けれど、関心のないものには頭が働きにくい。
これはADHD傾向の特性の一つとして指摘されることがあります。
芸能界のことを覚えようとしましたが、勉強よりも苦痛でした💦
やがて私は浮いた存在になり、いじめの対象になりました。
石を投げられたり、黒板にひどい言葉を書かれたりしました。
今ならいじめた方が悪いと思いますがでも当時の私は、「自分が悪いからだ」と本気で思っていました。
本当は死んでしまいたいくらい辛かったけれど、当時は「根性論」が美化されていた時代。
母からの「負けたらダメ」という言葉を胸に、無理して学校へ通い続けました。
時間が経てば、いじめのターゲットはかわります。
私は女子グループの派閥から溢れた友達と仲良くなりました。
仲良くというより、「子分」のような立ち位置になりました。
嫌われたくなくて、相手の言うことを何でも聞く日々。
それでもいじめられるよりはマシでした。
なぜ自分を責めてしまうのか
理不尽な攻撃は、脳にとって強いストレスです。
予測不能な恐怖にさらされたとき、脳は「意味」を探します。
「自分が悪い」と思うことで、「自分が変われば止まるかもしれない」というコントロール感を作り出そうとすることがあります。
これは自己防衛の一種とも考えられます。
さらに、幼少期からの「私はダメだ」という記憶が、その解釈をより強くした可能性もあります。
仮面(カモフラージュ)を被る
私は中学生の頃のイジメの経験から
「目立たず、ニコニコしていれば安全」
「少しドジないじられキャラなら攻撃されにくい」ということを学びました。
高校では、この「ニコニコした無難なキャラ」に加えて「おっちょこちょいを隠すため、ちょっとドジないじられキャラ」を演じるようになりました。
そして、大人には「真面目ないい子」という仮面をかぶりました。
(おかげで成績以上に内申点が高かったです)中学校からの同級生に「こはくちゃんってこんなに明るかったんだ」と驚かれました。
仮面を被ることで、進研ゼミの漫画のように、人間関係も成績も安定しました。
でも、変わりに、自分の芯みたいなものを見失いました…常に嫌われていないか不安になるようになりました。
その後最初の就職先で、マルチタスクが苦手な私は、壁にぶつかり、退職。
「頑張ってもできない」という感覚に打ちのめされました。
(実はこの時期に「大人の発達障害」という言葉が知られるようになりました。
私はその時に疑い、専門のクリニックに受診しましたが、診断はされませんでした。
これはまた別記事で書こうと思います。)
転職先では、壁にぶち当たることはあったものの、人間関係に恵まれ、結婚まで続けることができました。
大変だったけれど、好きな仕事でした。
それでも心の奥には、「自分はどこか劣っている」という感覚が残り続けていました。
私の脳が選んだ「生存戦略」
なぜ私は、無自覚のうちに「ニコニコしていて、ちょっとドジないじられキャラ」という戦略を選んだのでしょうか。
振り返ると、そこには3つの理由があったように思います。
「生存戦略」としての笑顔
いじめという危機を経験した脳にとって、最も怖いのは“予測不能な攻撃”です。
恐怖を強く感じるときに働くとされるのが、脳の扁桃体です。
この状態にさらされた脳は、「どうすれば攻撃を避けられるか」を必死に探します。
笑顔を見せることで、相手を安心させたり、親しみをもたせ、自分を攻撃対象から外させる防御姿勢をとったと考えられます
弱点をつかった先制防御
弱点を使った「先制防御」本来なら叱られる対象になる「不注意」や「おっちょこちょい」
けれど私は、それを先に笑いに変えるようになりました。
自分から出してしまえば、
それ以上深く責められにくい。
弱点を隠すのではなく、
あえて差し出すことで身を守る。
これは無意識の「先制防御」だったのかもしれません。
報酬(ドーパミン)による学習
このキャラを演じて人間関係が順調になったとき、脳内ではおそらくドーパミンが出ました。
脳はこの安心感を強く学習したため、「この仮面を被れば安全で嫌われない」というパターンが深く刻み込まれていったのです。
仮面の代償
こうして私は、仮面を被り続けることで「普通」という居場所を守り続けました。
しかし、それは同時に、とても疲弊することでした。
自分の心から目をそらし、本当の心の音を聞かず、根本にある劣等感を抱えたままでした……。
続きは次の記事で書いていきたいと思います
今日も読んでくださり、ありがとうございました 😄
明日も皆さまにとって、幸せな1日になりますように😀
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