私たちは「色眼鏡」で世界を見ている―アドラー心理学から学んだ認知の話―

目次

はじめに

私たちは皆、無意識の「色眼鏡」を通して世界を見ています。 

アドラーが語った「ライフスタイル(認知の癖)」を、脳科学と私の体験から、私なりに紐解いていきたいと思います。

(※心理学、脳科学的に独自の解釈を含みます)

アドラーが教える「ライフスタイル」

アドラー心理学では、性格や世界観のことを「ライフスタイル」と呼びます。

これは私たちが無意識にかけている「色眼鏡」のようなものです。

私たちが見ている世界に無色透明なものはなく、誰もが何らかの偏りを持っています。

出来事を「最悪だ」と嘆くか、「学びだ」と捉えるか。その反応を決めているのが、私たち固有の色眼鏡なのです。

子供の頃に描いた「人生の地図」

アドラーは、この色眼鏡(ライフスタイル)は、多くの場合、子供の頃に「自分はこうやって生きていこう」と自ら選んだものだと説きました。

例えば、周りの顔色をうかがう癖があるなら、それは幼い頃に「そうしたほうが安全に生きられる」と判断して選んだ戦略かもしれません。

無意識のうちに自分を守るための「地図」として作り上げてきたものだといえるようです。

選んだというより「選ばざるを得なかった」背景

アドラーは「選んだ」と述べていますが、それは自由な選択というより、当時の私たちにとっての「必死の生存戦略」だったのではないでしょうか。

厳しい環境で自分を守るためには、その色眼鏡をかけるしかなかった。

今の私たちの考え方は、かつての幼い私たちが自分を守るために必死に作り上げた「盾」なのです。

まずは、自分を守り抜いてきたその眼鏡に「ありがとう」と伝えてあげたいですね😊

脳科学から見た色眼鏡の正体

アドラーが提唱した「ライフスタイル」は、現代の脳科学の視点からも説明がつきます。

脳の神経回路が作る「思考の通り道」

脳には、繰り返し使う回路が強化される仕組みがあります。

子供の頃、周囲の顔色をうかがうことで安心を得られた経験が重なると、脳の中でその神経回路が「太い道路」のようになります。

脳科学的には、神経のネットワークが特定のパターンで固まった状態と言えます。

扁桃体が私たちを守ってくれている

無意識に自分を守る戦略を選ぶのは、脳の「扁桃体(へんとうたい)」という部分が深く関わっています。

扁桃体は危険を察知するセンサーです。

幼い頃に「こう振る舞えば怒られない、安全だ」と学習すると、扁桃体がそのパターンを生存戦略として記憶します。

(※関連記事 「扁桃体という脳の警報器と、私のおばあちゃん」をよかったらお読みいただけると嬉しいです😀)

突然の死別と、止まってしまった足

私自身、かつて絶望の中で動けなくなった時期がありました。

家族との突然の死別。

その後、無理をして仕事をしたものの、感情の波が激しく、どうしても集中できません。

次第に体のあちこちが痛み出し、不調をきたして、結局すぐに退職してしまいました。

「この年齢で仕事もできないなんて。実家に甘えている自分はなんて情けないんだろう」

周りからの「早く立ち直ってね」「前向きにね」という言葉が、当時の私には重い負担でしかありませんでした。

今思うと、体が動かなくなったのは、脳が「これ以上は無理だよ」と全力でブレーキをかけていた必死の防衛反応だったのだと思います。

けれど当時の私は、そんな自分を全否定していました。

臨床心理士さんがくれた「二つの言葉」

そんな時に先輩から臨床心理士さんのカウンセリングを勧めてもらいました。

仕事ができるその先輩も、かつては心を病みカウンセリングを受けたと聞き、「こんなすごい人でもカウンセリングを必要とするんだ」と驚いたのを覚えています。

出会った臨床心理士さんは、私の気持ちを静かに受け止め、まずはこんな風に言ってくれました。

「この時間も、あなたの傷を癒すために必要な、大切な時間なんだよ。自分の流れる時間と、周りの流れる時間は違っていいんだよ」焦らなくていい。

周りの期待に応えられなくていい。そう言ってもらえて、少し楽になりました。

そのあと、これまでの自分の劣等感についても話しました。

「昔から片付けもできないし、おっちょこちょい。人より劣っているんです」とコンプレックスを伝えた私に、臨床心理士さんは優しく続けました。>

「目が悪い人が眼鏡をかけるように、ちょっと工夫が必要なだけ。

特性があるからといって、その人がダメな人間にはならないでしょう?」

私は子供の頃に、片付けが苦手なことや忘れ物をとても叱られて育ちました。

だから「すごくダメなこと」だと思い込んでいました。

けれどその言葉は、新しい視点に気づかせてくれた瞬間でした。

遠藤周作さんの言葉:なぜ本を読むのか

その後、私は作家遠藤周作さんの言葉を思い出しました。

「人は誰でも自分だけの眼鏡をかけて世界を見ている。だから私は、他人の色眼鏡を借りるためにたくさんの本を読むのだ」

自分ひとりの視点で行き詰まったとき、本は「別の見方」を貸してくれる大切な友達になります。

揺れながら、戻りながら

その後、すぐに劇的な変化が起きたわけではありません。

それからトータルで1年半は、引きこもるような日々を過ごしました。

まずはボランティアから始め、その後パートとして社会復帰もしました。

日常生活は普通に送れたものの、心の中は「感情のジェットコースター」のようでした。

新しい色眼鏡は、すぐには私に馴染んではくれませんでした。

自分を客観視するための「色々な鏡」

自分の色眼鏡に気づく方法は、一つではありません。

家族や友達と何気ない話をすること。

ノートに今のぐちゃぐちゃな気持ちを書き出すこと。

現代であれば、AIに話を聞いてもらうことも有効な手段のひとつです。

今、私が心理学や脳科学を学びながらこうして体験をブログに書いていること。

これ自体も、自分を客観視して「あ、また色眼鏡をかけてるな」と気づくための、大切なツールになっています。

おわりに:他者の力を借りられることも一つの能力

自分ひとりで新しい道を作るのは限界があります。

時には他者の手を借りることは、自分を大切にする立派な選択です。

今かけている色眼鏡を無理に捨てたり、変えよう必死になる必要はないと思っています😊

大切なのは、今自分がかけている眼鏡(視点)とは別に

他にも眼鏡(視点)がこの世にはあるんだ」と知っておくことです。

「別の色の眼鏡(視点)がある」と知っているだけで、心にほんの少しの余白が生まれます。

色眼鏡の存在を知ったからといって、すぐに劇的に世界が変わるわけではありません。

でも、そのほんの小さな積み重ねが、明日の私を作っていくのかもしれません。

「私でいいんだよ」そう自分に言ってあげられる日を、ゆっくりと増やしていきたいと思っています。

読んでくださりありがとうございます😊

明日も皆さまにとって素敵な1日でありますように。

このシリーズの全記事はこちら→アドラー心理学シリーズ
よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

ブログ「心音」の管理人、こはくです。
看護師・保健師・養護教諭の資格を持ち、介護・対人支援の現場に10年以上携わってきました。
自分自身もADHD傾向による生きづらさを感じてきた当事者です。
現場で出会ってきた方々の姿と、脳科学・心理学の学びを重ね合わせながら、自分とやさしく向き合うためのヒントを綴っています。グリーフケアや暮らしの工夫についても、実体験をもとに、自分のペースで発信中です。

コメントする

目次